和声の祭典

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研究開発の詳細

2015年9月1日

洗足オンラインスクール・オブ・ミュージック校長

清水 昭夫

開発までの道のり

洗足学園音楽大学は、ネットにより無料で音楽学習の機会を提供することで、音楽学習のすそ野を広げることを目的とし、2007年に洗足オンラインスクール・オブ・ミュージック(以下、スクール)を開校した。楽典や聴音といった音楽大学受験のための教材を皮切りにスタートしたが、音楽の基礎訓練(ソルフェージュ)のためのソフトウェアや、音楽史の課題集などを幅広く開発し、すでに8年の歳月を超えた。

オンラインスクールの歴史
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開校当初より和声学に関する教材を開発したいという思いがあり、たびたび会議で議題にはしたものの、当時のPC環境では容易ではなかったため、他の教材を優先していた。当時は FLASH の全盛期で、いわゆるリッチコンテンツの制作が比較的容易な時代であり、『譜読み大王』 をはじめ、聴音RPG 『失われた音問村』 や、リズム教育ソフト 『りずむん』 など、多くの教材を発表できることへとつながり、それはそれで一つの結果を出せたものと思っている。FLASH が全盛期であった一方、多くのブラウザに標準的に搭載された技術である JavaScript の動作は遅く、とても使用に耐えるものではなかった。

時は流れ、Windows XP のサポートが終了して、メインの PC が Windows 7 以降となった。同時期にタブレットや iPhone をはじめとしたスマートフォンが一気に普及したが、結果としてブラウザの JavaScript 対応力は向上し、ほとんどの人が WEB 教材にアクセスできる時代となった。スクールはそうした新時代に備え、ソフトの多くを JavaScript で開発するようになっていたが、ようやく和声学学修支援システムの開発に着手することができた。

ソフトウェアの学内発表

ある程度の水準で和声連結の分析、評価が可能となった 2014 年 5月 に学内会議で発表した。理事長をはじめ、多くの方々にソフトウェアの開発状況を知っていただくこととなったが、そこで高評を得たことによって開発にさらに弾みがついた。以降は必要となる膨大な課題や、それに基づくテキストの作成など、統合的な教材の開発を行い、2015 年 9 月に授業での活用へと踏み出すこととなった。

WEB 教材を効率的に活用できるようにするためテキストを制作することとなったが、それは和声学の教育が ICT 教材の活用によって新しい局面を迎える第一歩となる。(現在、テキストは学内向けのみ販売)

ソフトウェアの利点

和声学の連結を評価する WEB アプリケーションを無料公開できれば、すべての学生、教員が利用可能となり、和声学学修の効率化、および授業運営の効率化につながるため、音楽大学が研究するテーマとしてはもっとも関心の高いものである。スクールにおいてソフトウェアを公開することは、一般の方や他大学の学生も無料で利用できるということであり、和声学をより一層身近な学問にすることができるとともに、特に作曲、編曲などの分野において音楽文化の向上に寄与できるものと確信する。

本学における開発の優位性

和声学の連結評価システム自体を WEB で調査すると、いくつかの先例がある。私が見つけた範囲ではアプリケーションとして販売されているものや、論文として発表されているものがあった。いずれも Windows アプリケーションの形態をとっており、それぞれに考え方やソフトウェアの特徴がある。

本システムのような WEBアプリケーションを制作するうえで必須となるのは次の技術である。

1和声学理論の修得者

2WEBサイト設計技術者 (UI の開発に必須)

3コンピュータープログラミング技術者 (連結の評価、採点に必須)

本学は音楽大学であり、和声学の教育経験者は 20 名を超え、1に関しては豊富に知識がある。また、前述のとおり8年以上の歳月をかけてWEBサイト開発を行っており、2の技術が蓄積されている。加えて、RPG を含め高度なアプリケーションをすでに世に送り出しており、3の技術も高いレベルで持っている。これら3つの技術が高度なレベルで揃っている点が、制作面における優位性である。

加えて、本学では 350 名を超える和声学の受講者に公開することができる。ソフトウェアを使用して学ぶ学生が、今後の発展を支えるものとなるに違いない。これが、まさに本学における開発の優位性と言えよう。

開発コスト

スクールは WEB で無料公開するのを基本理念としており、制作コストも大きな課題である。したがって、一つの開発で多くの機材で動作するように、より汎用的な技術を用いて制作するわけだが、その上での一つの困難はブラウザ上に楽譜を入力させるシステムを短期間で制作することである。FLASH や VisualStudio、または Eclips のような統合開発環境であれば比較的容易に UI (ユーザーインターフェース)を作成できるが(特定のデバイスでしか動作しない)、JavaScript と PHP のみ(多くのデバイスで閲覧可能 / あらゆるサーバーで動作可能) という環境では、制作できる限界が低い。今後の PC 関連技術の発展が、スクールの楽譜入力システムや評価ソフトの発展につながっていくことだろう。

制作上の基準

どのような楽譜も入力することができ、あらゆる分析ができることが望ましいが、それでは開発にかかる期間も費用も見当がつかず、制作は困難である。まず制作に当たり、いくつかの基準、制限を設けた。

課題はすべて 2/2、8小節

こうすることで、楽譜入力システムを簡略化することができ、制作コスト(費用・期間)を大幅に削減、短縮した。

転調は扱わない

本システムはユーザーの入力した楽譜を分析するアルゴリズムを搭載しており、いわゆる模範解答と比較して評価しているのではない。このようなシステムにおいて、自由に入力された楽譜の転調進行を評価させることは困難である。なぜならば、音楽のある部分が何調に聴こえるかは状況によって異なるだろうし、人によっても異なることがある。どれが正しいか人間が評価できないものを、コンピュータが画一的に評価することは適切でない。転調を扱う方法論としては、課題において 「この部分は何調」 と設定しておき出題する方法は考えられるが、他の調でとらえることができる場合も多い。したがって画一的な調判定を求める、自由度の低いシステムとなるだろう。
結論として転調を扱わないが、それは常に主音は主音としてとして評価すればよいこととなり、制作コストを抑えている。

非和声音は扱わない

非和声音は様々な解釈が可能な場合が多く、画一的に評価できるとは限らない。転調と同様、プログラミングによって評価するのは困難であるから、本システムにおける研究対象から除外している。

旋律は評価しない

一般的に「旋律(ソプラノ)は動いたほうが良い」と言われることがある。旋律線を考えるように学生に指導するための助言としては正しいが、動いていれば美しいというわけではない。例えば、「順次進行で進んできた旋律が、小節をまたいで同方向に跳躍進行するのは避けたほうが良い」という考え方がある(Mi - Re | Si と下行する旋律など)。しかし、これを画一的にマイナス評価することは音楽全体を見渡した時に正しい評価かどうかわからない。

「旋律線があまり動かないのは音楽的に穏やかなのであって、常に躍動的な音楽を作らなければならないのだろうか?」

「Ⅱの和音を積極的に用いれば、主音が続く旋律ができることがあるが、これはいけないのだろうか?」

このように、画一的に評価することには疑問が付きまとうため、本システムでは研究対象として扱わない。

ソフトウェアの評価範囲

制作上の基準から導かれる結論として、本学の和声学評価システムの評価範囲は、「転調と非和声音を含まない範囲での和声連結」である。この範囲において可能な和声連結に関して積極的に開発を進めたい。

一方、旋律やバスのラインが美しいかどうかということは、人の主観によって判断されることであり、評価の対象とはしない。

なお、システムはすでに副七の和音やドッペルドミナント、準固有和音、ナポリの和音などを評価可能となっている。

和声学の発展へ向けて

和声学は長らく研究されてきた学問であり、さまざまな考え方(原理)が探求されて今日に至っている。この状況下で、どの原理を基準に評価すべきか検討したが、現在の日本において最も主流である理論、『和声 理論と実習』(音楽之友社)、および『総合和声』(音楽之友社)の原理、原則を基準とした。

同書の理論は主に日本でのみ使用されているということがよく言われ、議論の的となることが多いが、プログラマーとしての視点から見て、同書の『転回指数』や『根音省略形体』に代表される原理は、きわめて合理的である。合理的であるということは、万人が理解しやすいということである。

和声学は、ヨーロッパのバロックから古典、そして 19 世紀にかけて大きな発展を遂げた技法であるが、今日においては芸術音楽の分野だけで活用される技術ではなくなり、ポピュラーの分野においても幅広く活用されている。

本学にはクラシック以外の音楽を学ぶ学生も多く、そのような学生に対しても役に立つ 「生きた和声学」 であることが望ましい。その観点から和声学がさらなる発展を遂げるには、多くの音楽ジャンルにおいてその価値が認められるような方向へ発展させる必要がある。したがって特定の地域や時代、あるいは特定の音楽様式に焦点を当てるのではなく、現在の幅広い音楽に焦点を当て、かつ万人に向けて合理的な理論体系が望まれると考える。

これらの教材の開発を通じて、和声学の発展に向けて研究を進めていく次第である。

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