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装飾音について

装飾音とは、ある音(主要音)を装飾するために用いられる、それ自体音価を持たない音符です。

小さな音符によって表されます。多くの場合、装飾音と主要音は、小さなスラーによって結ばれます。

(長)前打音 [appoggiatura]

前打音は、装飾する音符(主要音)の前に置かれる装飾音です。時代によって、実際の演奏方法は大きく異なります。

古典派までは、装飾音というよりは、非和声音、特に倚音を明示した書き方として扱われます。小さく書かれた音符も、書かれた音価と同等もしくは半分の長さを持った形で演奏されます。 装飾音は拍頭で演奏され、主要音は音価をその分短く調整し、装飾音に続いて演奏されます。

↓ 奏法例

上右例:バッハ《ゴルトベルク変奏曲》


↓ 奏法例

上例:モーツァルト《ピアノソナタ第11番(トルコ行進曲)》


短前打音 [acciaccatura]

装飾音を短く奏し、主要音にアクセントが来るように演奏されます。小さな音符にスラッシュがつけられた形で示されることが多いですが、スラッシュが無い場合もあります。

↓ 奏法例

①近代的奏法例

②古典的奏法例

上例:ベートーヴェン《ピアノソナタ第8番「悲愴」》

上例①のように、拍頭に主要音が来るように演奏されるのが現代では一般的ですが、モーツァルトやベートーヴェンの作品は上例②のように、拍頭に装飾音が来るように演奏されることも多いです。


↓ 奏法例

上例:マーラー《交響曲第1番》

近代の作品は、拍頭に主要音が来る(装飾音を前に出す)ように演奏されるのが一般的です。


複前打音

装飾音の数が2つ以上の前打音です。短前打音と同じように、主要音にアクセントが来るように演奏します。

↓ 奏法例

①近代的奏法例

②古典的奏法例

上例:ベートーヴェン《ピアノソナタ第8番「悲愴」》

この部分は、②の奏法のほうが一般的です。


↓ 奏法例

①近代的奏法例(装飾機能重視)

②古典的奏法例(和声機能重視)

上例:モーツァルト《ピアノソナタ第11番(トルコ行進曲)》


後打音

長く延ばされた主要音の後に付く装飾音符です。主にトリルの締めくくりに使われます。

↓ 奏法例

上例:ショパン《ワルツ第8番》


↓ 奏法例

上例:ベートーヴェン《ピアノソナタ第8番「悲愴」》

上例の場合は、曲の速度から考えて、後述する「ターン」のような音形となります。

装飾音のまとめ

装飾音のまとめとして、以下の譜例を見てみましょう。

↓ 奏法例

上例:モーツァルト《ピアノソナタ第11番(トルコ行進曲)》

3小節目(+アウフタクト)までの装飾音は、倚音[appoggiatura]として扱っています。一方、5小節目からの装飾音は、複前打音です。
前者のように、モーツァルトの時代はまだ、非和声音である倚音を装飾音で示す習慣が残っていました。 時代背景にふさわしい、正しい解釈をすることが演奏者に求められています。